59 Message one: Team Businessman (1/2)
がたんごとんと強い振動が身体を揺らす. 遮るもののない夜空には満天の星が輝いていた.
そろそろ冬季が近づいているようで、湿った風が毛を撫でる. 僕は大きく伸びをして、センリの膝の上で尻尾を振った.
センリが優しい手付きで僕の背を撫でた. 冷たい風も艶のある毛皮を持つ僕にとってはなんのそのである. まぁ、そもそも吸血鬼にとって気温の変化なんてないようなものなのだが…….
「へぇ…………嬢ちゃん達、ロンブルクまで行くのか…………何しに行くつもりだ? あそこは嬢ちゃんみてえな人間が行く所じゃねえ……あそこは……最前線だぞ」
「……戦いに行く. 私はこれでも、剣を使える」
「へぇ……そんな細腕で剣、だって? ……余程の自信家か命知らずかのどっちかだなぁ」
頬に深い傷の入った荒々しい雰囲気をした男だった.
じろじろと下卑た視線がセンリの身体を這いずり回る. 僕は膝の上で尻尾を振りながら高い声で威嚇の鳴き声をあげた.
僕の叱責に、汚らしい格好をした男がかっかと笑うと「頼りになりそうな騎士(ナイト)だな、だがそんな綺麗な犬、ロンブルクに連れて行ったら一週間持たず食われちまう」と言った.
あいにく僕は騎士(ナイト)ではなく男爵(バロン)である.
犬扱いされるのに慣れ始めて早一月、僕とセンリは大規模な隊商に合流し、大陸を北に進んでいた.
前方にも後方にもどこまでも続く馬車と人、そして明かりは空から見下ろせばまるで一つの群れのように見えるだろう.
このご時世、街の外は危険だ. 魔物もいるし、盗賊だって出る.
僕やセンリ程強ければ安全に街と街の間を移動できるが、大多数の人間にとって街の外の移動は命掛けだ.
だから旅人やまともな護衛を雇うお金もない商人は、街の外を出る時に大規模な隊商を組む.
弱肉強食の世界で人の地位は決して高くない. 群れなければ生きていけないのだ.
人間社会は持ちつ持たれつだ. センリや僕のような戦闘能力を持つ者は馬車などの移動手段と旅の間の食事、そして少額の報酬でそれらの隊商に雇われる.
いくら戦闘能力を持っていても少数より多数で組んだ方が安全だから、長距離を移動する上では互いにメリットが大きいのだ.
もっとも、僕たちの場合は少しだけ事情が違った.
下卑た傭兵の男にぱたぱた尻尾を振り抗議する僕の頭を、センリが撫でる.
隊商に合流するというのはセンリの案だ.
僕とセンリ二人ならば馬車を使うよりも走った方がずっと早い. 僕には疲労もなく馬よりもずっと速いし、センリは背負えばいいのだから、逃亡する上でこれ以上の手段はない.
だが、女性一人の旅人はとても目立つ. 僕が人間形態になったとしても、それでも目立つ. 街の外ならば平気だが、街に入ったり関所を通るには門を潜らねばならない. 終焉騎士団の手がどこに伸びているのかもわからない. 人を隠すのならば人の中というわけだ.
僕達は隊商の半ばに編成されていた. 先頭と後ろが一番戦う確率が高いのだが、センリは見た目が華奢な女の子だし、僕は犬なのでそこを考慮されて安全な真ん中に配置されたのだ.
それでも、女性の傭兵は少ないためだろう、他の傭兵達が暇つぶしにセンリにつっかかってくるのに僕は立腹していた.
一度手を捻り上げられてから触れてくる事はないのだが、その舐めるような視線だけでセンリが汚れてしまいそうだ.